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朝日旅行の「備前・倉敷陶芸紀行」を引率してまいりました。
数年前には、備前穴窯紀行として 森陶岳先生の85mの築炉中の大窯を見学、陶岳先生に窯の内部を案内していただいたり、 この大窯で焼かれる巨大な大甕についての説明していただき、 金重有邦先生と島村光先生には新たに築かれた穴窯の説明などをしていただきました。 好本宗峰先生の須恵器窯、森青史先生と末廣學先生の穴窯にもお邪魔し、 東大寺瓦を焼いた万富古窯址、 古備前を担った南大窯と西大窯古窯址をご案内いたしました。 備前登窯紀行では 窯焚中の伊勢崎淳先生に作品や二つの窯のお話を伺い、南大窯にもご案内いただきました。 藤原記念館では藤原和先生のご解説、さらに登窯のお話や藤原啓、雄先生の作品も拝見させていただきました。 ほかに高原敏・高原卓史・吉本正・小西陶蔵先生の陶房へ伺い、天保窯や閑谷学校などを見学。 これら二つの備前陶芸紀行をさせていただきました。 そして今回は少し雰囲気を変えて、土作りから作品作り、そして窯焚を見学しました。 初日にお訪ねしたのは、 津山にほど近い作州鏡野の田んぼの中の一軒家・和仁栄幸先生のお宅です。 ちょうど田んぼには水が入れられ、田植え寸前‥‥晴天に恵まれ、清々しい風が迎えてくれました。 (和仁先生の工房は鏡野にある田んぼの一軒家、今をときめく山田養蜂場の近くです。) 戦国の野武士を思わせる風貌の和仁栄幸先生ですが、 焼締陶展に大陶板出品され、最高賞の大賞を受賞された実力者です。 備前中興の祖・金重陶陽の最後の弟子ということで、師直伝の土つくりを拝見させていただきました。 篩を使ったり、水簸したり、土練機を使うなど一般的な土の精製ではなく、時間の掛かる土つくり‥‥ 備前焼制作の大半をこの土作りに費やしています。 干寄せといわれる田土を乾燥させて細かく砕いて水を含ませ 足で土揉みを何度も繰り返してから、土をスライスして指先で小石を採る土選りをする。 気の遠くなるようなその過程を拝見するのは参加者全員初めてのことで驚かれていました。 こうして粘りのある粘土にするためにこの土を三年ほど寝かすと 陶陽先生直伝の土味が素晴らしい作品となることを教わりました。 古い民家でお茶をいただきながら、その精魂こめた土から生まれた作品を見せていただいてから、 津山の町へ、旧津山藩別邸の庭園といわれる衆楽園へ、美しい睡蓮が出迎えてくれました。 津山藩主:森長継が明暦年間(1655〜1656年)に、 京都から小堀遠州流の作庭師を招いて築いた大名庭園で、岡山の後楽園より歴史があります。 そして和仁栄幸先生の推薦で「M&Y記念館」(棟方志功・柳井道弘記念館)へ、 2008年2月にオープンした小さな記念館でしたが、好印象に残る記念館でした。 館長の松田信也さんに館内の作品などを案内していただきました。 棟方志功は昭和23年、棟方に息子同然のように可愛いがられた柳井道弘の招きで津山を訪れました。 昭和17年、徴兵された柳井に、棟方はお守りをふんどしに描いて渡しました。 「不動明王のオフンドシ」と呼ばれる晒し木綿のお守りは、柳井はフンドシではなく腹巻として 戦地に行き肌身離さなかった柳井は、無事、終戦を迎えることができました。 昭和23年、柳井が津山で元気にいることを知った棟方は、柳井に会うために津山を訪れたのです。 志功の代表作「釈迦十代弟子」の部屋はパワースポット‥‥で魂を入れてもらいました。 館長さんから美味しいお菓子とお茶をいただきました。 記念館をあとに、津山城址に隣接する国際ホテルへ。 2日目は岡山三大河川の一つで、備前焼ともなじみ深い吉井川沿いを下って一路、 中世に備前の国府のあった備前福岡へ、 福岡城址や福岡の街、そして郷土資料館へ。 黒田長政が筑前に封じられた際、新しい本拠地の名称をこの備前福岡より取って、 「福岡城」と命名、城下町を「福岡」とした所縁の地です。 そして伊部では備前焼重鎮・岡山県重要無形文化財の伊勢崎満先生を訪ねました。 ご長男の卓先生には、登窯のことをご説明いただき、土練りと轆轤の実演をお願いいたしました。 満先生が永年集められた古備前の名品‥‥そして ご尊父の伊勢崎陽山先生の陶彫作品の数々を別棟で拝見させていただきました。 その後、参加者のご要望で、原田拾六先生のお宅にお邪魔しました。 ことのほか拾六先生はお元気で、私は一安心いたしました。 庭は苔むして土壁に生え、不老川沿いには先生の豪放な耳付花入に野花が活けてありました。 さらに宝瓶・急須つくりの名人:入江光人司先生のお宅を訪ね、先生自ら美味しい玉露を煎れていただきました。 午後からは備前閑谷にある登窯で作陶に励む若手人気作家・高力芳照先生の窯へ伺いました。 高力先生はこの旅行に合わせて火を入れられ、 備前焼焼成の醍醐味である運道の焚き上げをこの日にあわせていただきました。 一週間を過ぎて窯の中は1150度、窯の蓋を開けて薪をくべられる様を何度もみて、 参加された皆さんは備前焼の凄まじい窯焚と美しい焔に大感激でした。 今回は珍しく神社を巡りました。 幕末から明治にかけて、「金毘羅さんに由加さん!」といわれ、 瀬戸内海を隔てる讃岐の金比羅さんと「両参りしなければご利益がない」といわれた 日本三大権現の一つだった倉敷の由加神社です。 ここには備前焼最大の細工ものといわれる「備前焼鳥居」と「備前焼狛犬」があります。 由加山は、大仏造営の勧進に起用された行基が開祖といわれ、古い歴史備前焼の狛犬と大鳥居があるところ。 明冶二十七年、伊部の大饗千代松が製作したもので、日本一の大きさを誇る備前焼細工物といわれています。 備前焼の柱は石製の鳥居とは違い、柔らかな渋みを湛え、 江戸時代の狛犬が阿吽の呼吸で仲良くならんでいました。 風雨に長くさらされる社殿の外の狛犬の材質は、丈夫な石が当然のように用いられていましたが、 備前藩主・池田侯は米十五俵の扶持を与えるなど、細工御用人を保護し、 この細工人を中心にして備前の狛犬は石に変わる狛犬として造られました。 備前焼はその堅牢から全国各地で80組ほどの「備前焼狛犬」が、神社を守っているのです。 この日、倉敷国際ホテルへ泊まり、翌日の午前中、 大原美術館では河井ェ次郎や濱田庄司の作品を鑑賞。 倉敷民芸館で倉敷ガラス・酒津焼・備中の工芸品、李朝の部屋などを観ながら、 企画展「民芸が生きている国の工芸展」を鑑賞。 倉敷考古館では縄文土器から須恵器など見ながら美観地区を散策しました。 午後から備中国分寺五重塔や造山古墳などを見学して 岡山県最古の吉備津神社へ。 国宝の比翼入母屋造りの本殿と拝殿は豪壮そのもの、 日本一の回廊など、折からの雨でより神秘的な雰囲気が漂っていました。 ◇黒田草臣 四方山話◇ ‥‥魯山人の美意識‥‥ ‥‥陶のもたらす美‥‥ ブログ“陶心” ホウノ木 Photo:Mr.M.Tujioka※写真や記事などの無断転載、再配信等はお断りします しぶや黒田陶苑のホームページに 戻る |
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