黒田草臣

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zoom RSS 魯卿あん  【大芸術家 北大路魯山人展】

<<   作成日時 : 2018/04/20 17:33   >>

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『魯卿』と号するようになった北大路魯山人35歳の時、鎌倉の円覚寺に連なる六国見山を背にした明月谷に茅葺きの田舎家を住いにして「北大路魯卿」の表札を掲げました。

北大路魯山人画像銀刷毛目徳利と志野ぐい呑


ここ京橋東仲通りに古美術店『大雅堂芸術店』を開店したのは翌大正八年五月のことです。
鼈甲縁の丸眼鏡をかけ、自ら蒐集した古美術品を陳列しました。
魯卿は黒い中国服を着て、夏になるとステテコにチジミのシャツを着て店番をしながら時折、二階で依頼された篆刻など大きな体を精力的に動かし、毎晩帰るのは十一時半の最終電車。
東京駅から乗りこんで大船駅から人力車で帰宅しました。

大雅堂画像芸術店のちに美術店


北大路魯山人先生が「魯卿」と名乗り始めたのは、大正5年(1916)の33歳になった時です。岡本可亭の書生となって以来、唐代の「顔真卿」(顔魯公) に傾倒しておりました。魯とは愚か、大ざっぱで間が抜けていること。その「魯の字が好きだよ」と『魯卿』と名乗っています。
翌年には、神田駿河台のシンボルでもあるニコライ堂(東京復活大聖堂教会)の鐘の音が心地よく聴こえる紅梅町の借家に「古美術鑑定所」の看板を掲げて、書と篆刻の仕事もしておりました。
鎌倉に越したのは大正7年のことです。アジサイ寺といわれる明月院の門前にあった高梨家を借りました。谷川に架かる石橋を渡った茅葺き屋根の田舎家と納屋のような小屋があり、ここに「北大路魯卿」の表札をかけました。夏になると好物のスイカを谷で冷やし、家族皆で食べるなど忙中の閑を楽しまれたようです。


近くの小坂小学校へ転向した長男の桜一は素直で習字もうまく勉強もでき、大正10年には小学校を首席で卒業し、鎌倉五山第一位の建長寺が創立した鎌倉学園中学校へ入学しています。この頃、京橋の交差点にほど近い実業之日本社の増田義一社長に認められ、「実業之日本」の看板を頼まれ、同社の雑誌「日本少年」「小學男性」「少女之友」「実業之日本」の表紙題字なども手がけました。さらに現在の明治屋の所にあったレストラン「メゾン鴻乃巣」の看板もこの頃、仕上げています。厚みが15cmある欅の一枚板(3m×90cm)で彫銘は魯卿です。「メゾン鴻乃巣」は洒落たフランス料理店で志賀直哉、井上正夫、与謝野夫妻、木下杢太郎、北原白秋、高村光太郎、菊池寛、島村抱月、芥川龍之介、伊東深水、久保田万太郎、そして魯山人の魯卿らが常連の文化サロンでもありました。

画像大正時代の魯山人


その向かい道を行くと京橋の東仲通り‥‥この通りには「水戸幸」や「繭山龍泉堂」などの骨董屋も多く、明治末から漢方薬と葉茶を扱う三階建ての「一貫堂」というお店がありました。一貫堂の長男は神童と騒がれ、6才の時、明治天皇の前で書を書いた野田利衛(可童、のちの可堂)で、魯卿の教え子でした。
東仲通を挟んだ向かいに一貫堂の所有する二階家があり、大正8年、ここを借りて古美術を商う「大雅堂芸術店」を立ち上げました。「大雅の二字はすぐれて正しい、極めてみやびやかなこと。書画に秀でた大雅の雅号・大雅堂にあやかって店の屋号を『大雅堂』と決めたのです。

魯卿の優れた鑑識眼によって集められた書画、仏教美術、古陶磁など、「黒い中国服を着た男の集めた骨董品は筋が良い」「サルマタ一つの北大路の話は面白い」と評判がよく、多くの好寄者が集いました。
こうして一階で古美術を商いながらお客様が途切れると二階へ上がり、ステテコにチジミのシャツを着て、手ぬぐいを細く丸めて額に巻きつけ、寸暇を惜しんで直径十五センチほどある太い竹を真二つにして「天上天下唯我独尊」と彫刻刀で彫り込み、胡粉に緑青を塗るなど篆刻の仕事に精をだしました。
二年後には、この二階で料理の腕を活かした「美食倶楽部」という会員制の料理屋を開業しました。ここでは魯卿が蒐めた古染、古赤絵、オランダや古瀬戸や唐津や織部などの器に吟味した食材で京風料理を魯卿自ら包丁を握り、器を生かした盛り付けも評判となりって連日、満席だったといいます。

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その美食倶楽部の会員は天下の名士ばかり、二條公爵、徳川家達、久邇宮殿下、子爵の岡部長景(東条英機内閣のもとで文部大臣)、建築家の吉田五十八(1954年日本芸術院会員)、法律家の江木衷、無敵の強さを誇った横綱太刀山などが常連客となりました。この忙しい中、魯卿の篆刻による印影八十八顆を納めた『栖鳳印存』や日本書院から『常用漢字三体習字帖』も北大路魯卿として発刊しております。
美食倶楽部の会員は増え続け、古陶磁だけの器を使うことに限界を感じた魯卿は自ら器を作りだすことにして、大正12年7月から8月、山代の菁華窯で自分好みの作品を二窯焼きました。

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ところが菁華窯から帰った9月1日昼頃、突然の関東大震災に襲われ、夜中の三時頃、神田佐久間町から火の手があがり、瞬く間に神田から日本橋、京橋、銀座まで火の海と化しました。
「大雅堂美術店は駄目でも会員のためにも美食倶楽部だけは再開したい」と魯卿は、芝公園で「花の茶屋」をたちあげ、菁華窯で制作した器で営業をはじめました。その後、京伏見の宮永東山窯で制作するなどして大正14年には星岡茶寮を開店させ同15年には鎌倉山崎に星岡窯を開きました。
 しぶや黒田陶苑では、平成25年の秋、この「大雅堂美術店」の跡地で「魯卿あん」を開店させていただきました。魯山人先生の芸術性が確立し、大きく羽ばたいた大正時代を想い‥‥この地に特別なご縁を感じながら先生の号であった「魯卿」を拝借して『魯卿あん』とし、魯山人作品を大事に扱わさせていただいております。
今年も東京アートアンティークの期間に合わせて、魯山人先生の膨大な作品の中から秀品を選りすぐり、『大藝術 北大路魯山人展』を開催させていただくこととなりました。この機会に、人々を魅了させてやまない数々の芸術作品をうみだした魯山人芸術をご高覧いただければと、お誘い申し上げます。


魯卿あん 黒田草臣

魯卿あん画像




 【大芸術家 北大路魯山人展】
開催期間:2018年4月16日(月) 〜 28日(土)


魯山人「大雅堂」・「美食倶楽部」発祥の地

 魯卿あん‥‥Rokeian
〒104-0031 東京都中央区京橋2-9-9    TEL: 03-6228-7704 FAX: 03-6228-7704
営業時間:11:00〜18:00
 Email:rokeian-kuroda@jupiter.ocn.ne.jp

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 辻岡正美様の撮影



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