備前焼の魅力探求

「土と焔の芸術」といわれる備前焼…… 備前焼をはじめ、上釉を用いない焼締陶は茶褐色になりやすい。 その多くは鉄分などを含む腐植質の粘っこい土が堆積したからだろう。 丹波や越前、そして全国の焼締陶のほとんどが茶褐色をしている。ところが、同じ茶褐色の焼締陶のなかで備前の陶芸界だけはすでに四人の人間国宝を生んだ。六古窯をはじめとする他の…
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ヨモギ蕎麦

春のかわり蕎麦といえば、ヨモギ蕎麦‥‥   何も加えずに蕎麦粉だけが好きだが   ヨモギの香りが好きなので毎年、打とうとしている  連休の最終日、漸く、食することができた   岡本のヨモギ 蓬を練り込んだ 蕎麦粉は純白の「更科粉」   打ち水は唐津山瀬の「萬嶺水」   打ち粉は「更科粉」   …
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田中佐次郎作陶展 ‥‥ 日本橋三越本店

田中佐次郎展日本橋三越本店美術特選画廊        焱と闘う 田中佐次郎  新たな美への創生 ‥‥ 黒田草臣 「思想がやきものをつくる」といわれる田中佐次郎先生は、 茶禅一味のなかでつねに漢詩や書を親しみ、玄奥な陶の道への糧としている。 木々深く清麗なる水が湧く絶好の地の利を得て『山瀬…
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丸田宗彦‥‥大胆にして繊細な唐津

桃山時代もおわりの頃のこと‥‥ 「お茶碗戦争」ともいわれる文禄慶長の役で、 加藤清正とともに戦った鍋島藩の家老・後藤家信が慶尚南道金海の深海宗伝・百婆仙を中心とした千人近い朝鮮陶工集団を連れ帰ったといわれ、その証拠に武雄地区での古窯跡は約90ヵ所確認されている。  彼ら朝鮮陶工が良土を見つけ出した竹古場山の麓にある黒牟田では絵唐津…
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魯山人展  魯卿あん

北大路魯山人先生が「魯卿」(ろけい)と名乗り始めたのは大正5年(1916)の33歳になった時です。 岡本可亭の書生となって時以来、唐代の「顔真卿」(顔魯公)に傾倒しておりました。 魯とは愚か、大ざっぱで間が抜けていること。その「魯の字が好きだよ」と、『魯卿』と名乗っています。 『魯卿あん』 床  翌年には神田駿河台のシンボル…
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小さな蕾 「骨董屋さんに行こう」

「小さな蕾」(創樹美術出版)という骨董雑誌の五月号  ‥‥骨董屋さんに行こう‥‥の取材を受けました  聞き書きということで、魯卿あんで取材していただきました 「小さな蕾」 №574 2016年4月14日~16日に開催されます「東京アート アンティーク2016」の冊子 魯卿あんでは「大芸術家 北大路魯山人展」…
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床「春来草自生」 花入「備前手桶」‥‥どちらも北大路魯山人

春、魯山人邸に向かうと、一面を黄金色に染める菜の花と春風に揺れるタンポポが迎えてくれる   その のどかな山崎の里へ   魯山人邸の山門までは雪柳が、可愛い雪白の小さな花をつけた枝を伸ばしている 「自然美礼賛」を謳う魯山人らしい路地だ 魯山人が好んで書いた春の詩に 「春色無高下 花枝自短長」 や「春来草自生」を好んで書いて…
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北大路魯山人「良寛詩」‥‥赤呉須の筆筒に力強く銀泥が躍っている

北大路魯山人も良寛さまが大好き、一字一句もゆるがせにせずに揮毫した筆筒 美しく気高い内容、デリケートな線、その時々で自分の心にあった素直な良寛の芸術性‥‥ 魯山人これに倣い渋めの赤呉須の地に銀泥で一字一字気合いを入れて書いている 文字の厚みが魯山人作品の特徴で、光の具合で見え方がまるで違う これを狙っていたのだろうか …
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加藤唐九郎 『才気煥発』 ‥‥ 魯卿あん

常人の枠を超えて波乱万丈の陶芸人生を送った加藤唐九郎‥‥ 「水のみ百姓兼瀬戸の貧乏窯屋」と自らいう半農半陶の家に明治31年(1898)に生まれた唐九郎は 幼少の時から土に親しんで、陶片拾いで遊んだというまさに窯元の申し子だ。 「学校教育は人間をだめにする」と、家業再興を願う祖母の方針で、やきものの技術を叩き込まれた。 1…
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魯山人作 「信楽すすき詩文壺」‥‥ 魯卿あん便り  自然美一辺倒

魯山人の住まいは慶雲閣と、名づけられ…神奈川県の重要文化財に指定されている建物だった。 庭には睡蓮が群がって咲く池があり、そこに番いのアヒルが泳いでいた。 魯山人亡き後の慶雲閣(撮影:高木義明氏) 慶雲閣は凛とした数寄屋造り、二十畳敷の大広間を中心に八畳が二つ。 板の間の六畳、細長い十二畳ほどの台所、そして四畳半の書斎兼仕事…
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北大路魯山人作 「三彩汁次」‥‥魯卿あん便り

なんと、可愛らしい汁次でしょうか。 魯山人の優しさが、形状にも、色絵の水玉模様を置く筆遣いにもあらわれています。 「阿古陀形(あこだなり)」というカボチャのように湾曲した曲線を取り入れた平たく丸い形状の香爐や茶入、香合がありますが、この汁次の胴のふくらみもそのような南瓜(カボチャ)を思いおこさせます。   魯山人…
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木村盛和「木の葉天目」再現、越前の地に‥‥先生を忍んで②

京焼の源流といわれる「音羽焼」が、この地にあったことから京焼のメッカとなった五条坂‥‥。 奥田頴川、仁阿弥道八など活躍で江戸時代後期には粟田口を凌いで  急速に発展して「清水焼」を確立させた場所でもある。 この五条坂で作陶をはじめられた盛和先生は16歳の時、京都市美術展に初入選して早くも頭角を現した。 陶芸家としての第一歩を…
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嗚呼‥‥木村盛和先生①

私の尊敬する陶芸家が、また一人亡くなってしまった。 鉄釉(天目釉)一筋、80年近くも追求されてきた木村盛和先生である。今年の8月12日に肺炎で亡くなれていたのだが、奥様の昌子様も病床におられることもあり、公表は控えられていた。 福井新聞に「木村盛和氏をしのぶ」という記事が載ったと、福井在住の友人からそのコピーを送っていただいた。 …
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銀彩蟹平鉢 ‥‥ 魯卿あん便り

銀彩という水面を通して、蟹が浮かび上がってくるようです。  北大路魯山人の最晩年の念作です。 魯山人の描く蟹の多くは「ワタリガニ」です。 蟹は横に歩くので、周りに左右されず、我が道を行く君子に譬えられ、中国では蟹のことを「横行君子」(おうこうくんし)と呼んでいます。 独立独歩、唯我独尊‥‥魯山人の専売特許のような独壇場と…
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北大路魯山人 於里辺ツツ花入 ‥‥ 魯卿あん便り 【4】

ペルシャや安南がルーツとされる緑釉の「織部」‥‥ 最も日本人の精神の高揚した桃山時代の美濃地方に、はじめて登窯がもたらされた元屋敷窯から、一躍脚光を浴びる。 信長・秀吉・家康の三代にわたって仕えた武将である古田織部が大流行させた〝やきもの”。 江戸・明治・大正の世を過ぎ、いつしか織部が瀬戸で焼かれていたと思われていた。 ようやく…
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イサム・ノグチの陶芸「魯山人との邂逅」‥‥花美術館

「修正の出来ない彫刻だ」と、その男 イサム・ノグチが叫んだ陶芸‥‥ 陶芸への興味   魯山人との出会い     田舎家のアトリエ       備前焼を創る         神奈川県近代美術館での個展 ‥‥ イサム・ノグチのこと、p38~p45まで、拙文を書かせていただきました 花美術館  特集イサム・ノグチ…
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秋を謳い上げる魯山人

鎌倉山崎の切通『臥龍峡』を抜けると山間に分厚い茅葺屋根の魯山人邸が姿を現します 朝晩、涼しくなる今ごろに伺うと、草むらでは虫達の合唱が始まっています 鳴き止まぬエンマコオロギはもちろん、「スーイッチョン」と鳴くウマオイ(私たちはそのままスーイッチョンと呼んでいた)、「ガチャガチャ」のクツワムシ、「チンチロリン」のマツムシ…
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小山冨士夫 「粉吹茶碗」と「唐津皮鯨茶碗」

昭和3年5月のはじめのことである。 北大路魯山人は下関から関釜連絡船で釜山へ渡り、釜山から大邱、大田(テジョン)経由の鉄道で京城に夜行でやってきた。貴族院議長公爵徳川家達の書状をもって朝鮮総督府に立ち寄り、そこから護衛つきの車で一か月間、古窯址を巡り、鶏龍山の陶土や朝鮮カオリンの原料を求めにきたのだ。同行者は長男の櫻一、星岡窯を築窯し…
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藤原建‥‥自らを主張できる備前焼

岡山県の備前に「ケンちゃん」、「建さん」の愛称で、愛陶家を唸らせた陶芸家がいた。 昭和の備前陶芸界を全盛に導びき、「備前一の窯焚だ」といわれた人こそ抜群の造型力を誇った藤原建である。 金重陶陽と北大路魯山人に師事したことで将来を嘱望され、備前の陶芸界で、「金重陶陽のあとを継ぐのは藤原建だ」という評判さえあった。 備…
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根来塗風に仕上げてみた沢栗盆2種と椀

栗材を盆と椀に挽いていただき、手斧、鉋、などで削って塗ってみた。 椀1 盆 1 盆 2側面は鉈 魯卿あん (Rokeian) 〒104-0031東京都中央区京橋2-9-9 ☎& fax 03-6228-7704   ◇黒田草臣 四方山話◇   鎌倉彫を再生 fac…
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