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黒田草臣の BLOG 

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ブログ紹介
‥‥昔の作家は道を楽しんだ。たとえば焼物の作家は本当に焼物が好きだったということだ。だから、好きな焼物のために苦しみも楽しんだ。好きな道のためなら、乞食、ものもらいまでしても道を枉げ(まげ)ない、‥‥と北大路魯山人はいう。

 「名品」といわれる芸術品には高い品格が要求される。
とくに陶芸は炎を潜り抜けたものだから、作り手である陶芸家は名利にとらわれず、豊かな心で楽しんで創ってもらいたい。
 その作品から作者の高い品格、そして一目でわかる感性豊かな作者の個性が読み取れて、素直に私たちを感動に誘ってくれるからだ。

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タイトル 日 時
ヨモギ蕎麦、そして有平糖で一服
ヨモギ蕎麦、そして有平糖で一服 今年もヨモギが道端に生えてきました。 新芽を積んで湯がき、純白の更科粉に打ち込みました。 変り蕎麦の中では、「ヨモギ蕎麦」が一番好きです。 ヨモギ蕎麦 ...続きを見る

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2017/04/24 17:25
唐津 丸田宗彦…独立築窯三十周年記念展
唐津 丸田宗彦…独立築窯三十周年記念展 丸田宗彦 … 開窯三十周年によせて  開窯されて30周年を迎える丸田宗彦の生まれ故郷は民芸陶の里・黒牟田である。 ご祖父は、昭和四年から黒牟田焼の再興に力を注いだ丸田寅馬(明治三十四年生)。 そのあとを継いだのはご尊父の丸田正美(大正十四年生)である。 ...続きを見る

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2017/04/14 22:21
『大藝術家 北大路魯山人展』 … 魯卿あん
『大藝術家 北大路魯山人展』 … 魯卿あん ここ東京京橋も2020年に向けて再開発が進み高層ビルの建設ラッシュです。 昨秋、32階建て 1フロア820坪のエドグランが京橋駅に隣接して完成しました。 それでも 魯卿あんがございます東仲通りは静かな街並です。 ...続きを見る

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2017/04/12 17:35
金重素山 ‥‥ 火水土のご恩
金重素山 ‥‥ 火水土のご恩 「耀&#30412」と呼ばれる独創的な楽茶碗を最晩年に創り出した出口王仁三郎(1871〜1948)は、 昭和23年1月、天界へと旅立った。 出口王仁三郎 耀盌 ...続きを見る

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2017/04/08 17:36
藤原雄 ‥‥器の中に“間”とか“遊び”
藤原雄 ‥‥器の中に“間”とか“遊び” 備前の伊部駅から瀬戸内海に沿って日生に向かうと片上湾が見えてくる。 海側にある耐火煉瓦や炉材の工場に遮られてしまうが、 その反対方向の急坂を上り詰めると藤原啓記念館と雄工房がある。 天気のよい日は豪壮な藤原邸の応接間から瀬戸内海に浮かぶ小島と穏やかな入り江が望め美しい。 ...続きを見る

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2017/03/17 17:00
山本陶秀 ‥‥ 轆轤にかけた陶芸人生
山本陶秀 ‥‥ 轆轤にかけた陶芸人生 明治39年、備前市伊部に生まれた山本陶秀は、燐家の金重利陶苑で職人たちが轆轤で制作するのに憧れ、大正10年に陶芸界に入った。 選んだ修業先は備前で一番大きい窯元だった黄薇堂で、入門した当日に轆轤台に座り、たちまち湯呑を十個、挽きあげたという。 昭和13年、京都の日本芸術院会員・楠部弥弌に師事し、14年には中国四国連合工芸展で優良賞を受賞したのを皮切りに轆轤一筋に精進されて戦中戦後の苦しい時代をのり越えていく。 昭和34年にはブラッセル万国博に出品した緋襷大鉢がグランプリ金賞を受賞するなど内... ...続きを見る

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2017/03/16 17:39
藤原啓  ‥‥ 陶酔 無心 夢
藤原啓  ‥‥ 陶酔 無心 夢 藤原啓ぐい呑と徳利 JR赤穂線伊里駅の近くの工房から瀬戸内海の片上湾が臨める陶芸家として絶好の地へ‥‥ ここに藤原啓親子が窯や工房を新設された50年ほど前、まだ新築の香りが残る真新しい和室に通された。 私は床の間の棚に飾ってある片口鉢が気になった。 どっしりとした高台から穏やかに立ち上がり、厚みが一cmほどある口縁には溝がめぐらされた啓独特の作り。全体に淡いカセ胡麻が掛かり、腰と見込に目が覚めるような緋牡丹があった。それまでの固い備前焼の観念を覆す穏やかな創りと優しさを感じ... ...続きを見る

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2017/03/04 16:10
金重陶陽は「備前の生き神様」そして「備前焼中興の祖」
金重陶陽は「備前の生き神様」そして「備前焼中興の祖」 1967(昭和 42 )年の春、一人の青年が金重陶陽と金重道明の門をたたき、中庭の見える居間に通された。 昼寝をしていた金重陶陽が、作務衣に着替えて現れた。 「やきものは教えられるものではなく、自らが感じ とらねばならない。 作品は生れてくるものだから、 本人の人間性を高くしなければ良い作品は生まれて こない」 と、正座して 30 分ほど説教された。  金重陶陽当苑「からひね会展」より ...続きを見る

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2017/02/27 22:29
現代備前の礎を築いた陶芸家たち
現代備前の礎を築いた陶芸家たち 旧山陽道沿いに発展した備前の街を、はじめて訪ねた昭和42年の冬のことで、もう50年前になる。 煙突や松割木の山が妙に目立ったものの、伊部の街はひっそりとしたやきものの里にみえた。 この伊部の小さな街をくまなく巡っても窯元の数は二、三十軒ほどで、陶工たちは寒さにて耐えながら土を足で踏んで粘土をこさえ、薪を割っていた。 ...続きを見る

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2017/02/23 22:42
井戸茶碗が焼かれた 熊川陶窯址
井戸茶碗が焼かれた 熊川陶窯址 「一井戸茶碗 是れ天下一の高麗茶碗 山上宗二見出して、名物二十、関白様に在り」と、『山上宗二記』に記され、あらゆる茶碗の王座を占めてきた井戸茶碗。 ...続きを見る

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2017/02/04 17:59
井戸茶碗が焼かれたという井戸郷セミゴル[白蓮里]
井戸茶碗が焼かれたという井戸郷セミゴル[白蓮里] 毎年のように行っていた韓国古窯址散策は、「魯卿あん」の開店、そして韓国での「MERSコロナウイルス」流行があり、6年ぶりとなった。 今回は成田から釜山に入って河東、晋州、熊川、蔚山などの古窯址を巡る3泊4日の旅である。 ...続きを見る

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2017/02/01 20:33
1929大聖寺『魯山人陶磁器大展觀』 そして長流亭
1929大聖寺『魯山人陶磁器大展觀』 そして長流亭 「徳川家に謀反の意がない‥‥」と、 築城や軍備拡張という武治の加賀藩を文化の加賀藩に政策転換をさせたのは加賀藩三代藩主・前田利常と五代藩主・綱紀である。 蒔絵、彫金などの工芸、お茶などを奨励し、京都から裏千家の千叟宗室を招き、同道した土師長左衛門を大樋村で楽焼を開窯させて初代大樋長左衛門とし、能登の穴水中居で鋳物業を営んでいた宮崎義一を茶釜造りとして指導させて、藩の御用釜師「宮崎寒雉」と名のらせた。また金工師の後藤顕乗と従弟の後藤覚乗、蒔絵師の五十嵐道甫や清水九兵衛など一流の名工たちを京都か... ...続きを見る

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2016/11/09 22:05
1929年の魯山人‥‥金澤美術倶楽部個展
1929年の魯山人‥‥金澤美術倶楽部個展 昭和四年(1929)はウオール街の株価大暴落で世界大恐慌が勃発し、各地で労働争議が激しかった年。 日本では文化財の保存と活用を目的とした「国宝保存法」が施行され、宝物類3705件、建造物845件が国宝に指定されている。また大阪では日本初のターミナルデパート・阪急百貨店が開店し、東京上野では関東大震災で焼けた跡地に、地上8階、地下1階のルネサンス様式として新装開店、13万人もの人々が殺到したと伝えられている。 ...続きを見る

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2016/10/25 21:26
星岡窯(ほしがおかがま)を築いて爛熟期に向かう…魯山人
星岡窯(ほしがおかがま)を築いて爛熟期に向かう…魯山人 一木一草をも崇め寄り添い、美しいものに支えられている魯山人の姿を見て来た私には、残された作品に潜んでいる生命感あふれる創造力が、人を気持ちよく引き寄せて行くのではないかと思える。 ...続きを見る

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2016/10/16 18:32
小山冨士夫‥‥離れ技の「種子島焼」誕生秘話
小山冨士夫‥‥離れ技の「種子島焼」誕生秘話 少しでも古陶磁や陶芸に関心を持つ人なら小山冨士夫の名を知らぬ人はいないだろう。 東洋陶磁学会委員長、日本工芸会理事長、日本陶磁協会常任理事などの役職のほか、出光美術館をはじめ、本間美術館、佐野美術館の理事。そして五島美術館、松永記念館、根津美術館、畠山記念館の顧問や評議員をつとめながら、世界を駆け巡り、多くの古窯址を発掘調査され、陶磁器学者の権威といわれた。 古陶磁学者の第一人者だが、日本陶芸界の発展にも尽くした。 「私はどんな人でもその人の良いところしか見ないことにしている」と気さくで誰... ...続きを見る

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2016/09/01 21:26
周茂叔『愛蓮図手付鉢』‥‥魯山人旧藏
周茂叔『愛蓮図手付鉢』‥‥魯山人旧藏 鎌倉山崎にあった『慶雲閣』‥‥ 神奈川県文化財となっていた建物で、東南の前庭には魯山人自慢の蓮池があった。 この蓮池、初秋まで色とりどりの花を咲かせていた。 夕方になると蓮池を住処にする牛蛙がいっせいに鳴きだす。 魯山人好物の一つである餡かけムニエルの素材にするのはこの食用蛙であった。 ...続きを見る

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2016/08/15 18:38
星岡窯(ほしがおかがま)
星岡窯(ほしがおかがま) 北大路魯山人が古美術品を扱う『大雅堂』と『美食倶楽部』が大正時代にあったところが、現在、京橋にある「魯卿あん」です。 魯山人が立ち上げた『美食倶楽部』の会員が増え、料理を盛る器が足りなくなったことで、食器の制作のため、山代温泉にある須田菁華(初代)で食器を主に制作し、数窯焼いてもらいました。 ところが関東大震災ののち、芝公園で『花の茶屋』そして、山王台の『星岡茶寮』で使うことになり、その器の種類を増やすため、京都の伏見などで制作することになります。 幸田露伴が命名した「東山窯(とうざんかま... ...続きを見る

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2016/07/18 16:05
備前焼の魅力探求
備前焼の魅力探求 「土と焔の芸術」といわれる備前焼…… 備前焼をはじめ、上釉を用いない焼締陶は茶褐色になりやすい。 その多くは鉄分などを含む腐植質の粘っこい土が堆積したからだろう。 丹波や越前、そして全国の焼締陶のほとんどが茶褐色をしている。ところが、同じ茶褐色の焼締陶のなかで備前の陶芸界だけはすでに四人の人間国宝を生んだ。六古窯をはじめとする他の焼締陶の産地より、備前の陶芸家の数は断然多い。なぜ、それほどまでに備前の焼物は人々を引き付けてやまない魅力があるのだろう。 古備前 甕の陶片 備前焼は古墳時代... ...続きを見る

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2016/05/17 12:08
ヨモギ蕎麦
ヨモギ蕎麦 春のかわり蕎麦といえば、ヨモギ蕎麦‥‥   何も加えずに蕎麦粉だけが好きだが   ヨモギの香りが好きなので毎年、打とうとしている  連休の最終日、漸く、食することができた   岡本のヨモギ 蓬を練り込んだ ...続きを見る

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2016/05/05 21:30
田中佐次郎作陶展 ‥‥ 日本橋三越本店
田中佐次郎作陶展 ‥‥ 日本橋三越本店   田中佐次郎展日本橋三越本店美術特選画廊        焱と闘う 田中佐次郎  新たな美への創生 ‥‥ 黒田草臣 「思想がやきものをつくる」といわれる田中佐次郎先生は、 茶禅一味のなかでつねに漢詩や書を親しみ、玄奥な陶の道への糧としている。 木々深く清麗なる水が湧く絶好の地の利を得て『山瀬』に登窯を築窯して以来、民家もない山深みの地‥‥。その清浄なる気に包まれながら新しい高みを求めて陶三昧の日々を送り、自らの芸術はどうあるべきかを問うてきた。 ... ...続きを見る

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2016/04/22 16:01

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