アクセスカウンタ

黒田草臣 四方山話

プロフィール

ブログ名
黒田草臣 四方山話
ブログ紹介
‥‥昔の作家は道を楽しんだ。たとえば焼物の作家は本当に焼物が好きだったということだ。だから、好きな焼物のために苦しみも楽しんだ。好きな道のためなら、乞食、ものもらいまでしても道を枉げ(まげ)ない、‥‥と北大路魯山人はいう。

 「名品」といわれる芸術品には高い品格が要求される。
とくに陶芸は炎を潜り抜けたものだから、作り手である陶芸家は名利にとらわれず、豊かな心で楽しんで創ってもらいたい。
 その作品から作者の高い品格、そして一目でわかる感性豊かな作者の個性が読み取れて、素直に私たちを感動に誘ってくれる。

help RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
青磁(上) 「灰釉陶から越州青磁へ」‥‥陶のもたらす美 O
青磁(上) 「灰釉陶から越州青磁へ」‥‥陶のもたらす美 O 何事にも栄枯盛衰があるように、   文明文化にも発端があり、発展があり、衰退があり、終末があり、  そしてまた、さらなる誕生がある    古代の西アジアは「文明のゆりかご」といわれるほど、民族の興亡が繰り返され、  その度に独自の偉大な文明が誕生していた     一方、中国では「政は陶に聞け」といわれるほど 悠久八千年の文化のなかに息づく『中国陶磁』は国の栄枯盛衰が反映され、  その時代の文化による工芸を刺激し、新たな技術を創造してきた    その中国陶磁は、それぞれの時... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/15 15:39
萩焼 宇田川抱青 ‥‥ 陶芸家の逸話G「半農半陶の自然美」
萩焼 宇田川抱青 ‥‥ 陶芸家の逸話G「半農半陶の自然美」 萩の七変化‥‥という    使うほどに変化するということに使われて、焼の甘い萩焼が横行しているが  本来は毛利輝元が「高麗茶碗に見紛う茶碗‥‥ 井戸、熊川、斗々屋、蕎麦など高麗茶碗に見紛う七変化のやきものを作れ」 と渡来陶工に命を下したことにある それゆえ、堅手の高麗茶碗に倣った古萩茶碗はしっかりと焼かれたものが多い   毛利輝元は千利休の茶の湯の弟子であり、 戦国大名の中でも屈指のやきもの好きとして知られた茶人でもあった  関ヶ原の合戦(1600)では西軍の豊臣五大老の... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/02/09 16:13
西岡小十‥‥陶芸家の逸話F「古唐津の神様」
西岡小十‥‥陶芸家の逸話F「古唐津の神様」 小山冨士夫先生は著書『骨董百話』(1977)に 「古唐津の神様」と西岡小十先生を紹介されている 200近い古窯址を発掘調査された経験から西岡小十(本名・悟)先生は 古唐津を現代によみがえらせ、現代唐津に多大な影響を与えた 私が小十先生の工房をお訪ねするようになったのは1975年春からだ  そのたびに奥さまが、小十先生御作の唐津茶碗でお薄を点てていただき  古窯址を発掘されるようになったことなど多くのお話を伺った  それは1950年のことだったという  やきもの好きの友人に誘われて... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 22 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/02/02 18:37
曜変天目・油滴・禾目・鷓鴣斑 ‥‥天目茶碗(下)  陶のもたらす美 N
曜変天目・油滴・禾目・鷓鴣斑 ‥‥天目茶碗(下)  陶のもたらす美 N 宝石が角度によって、その輝きを変えるように  天目も光の角度によって輝きや色調を変える   その深遠な釉調は神秘性を秘めていた 天目のもつ異国の妖しい色彩を、貴族たちは唐物として珍重し楽しんだ  ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 28 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/01/08 23:22
訃報‥‥唐津 中川自然坊先生
訃報‥‥唐津 中川自然坊先生 玄海の近く山ふところに中川自然坊の割竹式連房窯があります   荒けずりながら、とことん焼込んだ自然坊作品は、 唐津本来の野武士的な重厚味と素朴さを持ち、人の心をつかむものがあります   清眼の自然坊‥‥期待の初個展です    1985年の3月28日から、『唐津 中川自然坊展』として デビュー展を一週間、開催させていただいた   上記はこの初個展の時に送った挨拶文 「これから君の名は‥‥『自然坊窯 中川憲一』ではなく、『中川 自然坊』で行こう!」   自然坊唐津ぐい呑 ... ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 23 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/12/16 00:09
建窯  ‥‥ 天目茶碗(中)  陶のもたらす美 M
建窯  ‥‥ 天目茶碗(中)   陶のもたらす美 M 福建省建陽県の建陽市に入り、 上水南路沿いにある建陽市博物館・羅冠群館長と合流   車で22キロほどのところにある天目茶碗の故郷に案内していただいた    地元で「びんほく」といわれる建陽県水吉(すいきつ)鎮南浦渓沿いの 后井村(こうせいそん)、池中村(ちちゅうそん) この天目のメッカ・建窯は 1935年、アメリカ人のJ・Mプラマー氏によって世に知らしめられ、大きな話題となり、  わが国でも1972年、その著「Temmoku a Study of the Ware of Chie... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 31 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/12/03 18:08
天目山 ‥‥天目茶碗 (上) 陶のもたらす美 L
天目山 ‥‥天目茶碗 (上) 陶のもたらす美 L 我が国の黒古瀬戸、そして桃山時代を代表する美濃での瀬戸黒、織部黒  また利休が指導した黒楽、さらに朝鮮半島の黒高麗経由の黒唐津や黒薩摩など  そのルーツをたどれば中国の黒釉・天目釉とつながる   それは茶の湯とともに歩んできた切っても切れない相思相愛の仲だった  先日、晩秋の中国浙江省天目山と福建省の天目の里を訪ねてみた  ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 27 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/11/29 00:14
訃報‥‥備前・伊勢崎満先生
訃報‥‥備前・伊勢崎満先生 伊勢崎満先生が呼吸不全のため備前市の病院で 8月28日の午後8時頃に亡くなられた。77歳だった。 ご自宅は伊部の不老川と旧山陽道が交差する一角に古民家を移築したところ。 太い柱と茅葺屋根、そして古備前の大甕が似合う不老川沿いの陽山窯だ。 拙著「とことん備前」での古備前作品の撮影、朝日旅行「備前陶芸紀行」(part4)でもお世話になった。 拙著「とことん備前」の表紙は冬の伊勢崎満邸 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/09/03 14:54
陶芸家の近況B ‥‥ 長岡絢美の新作は「纐纈」(こうけち)
陶芸家の近況B ‥‥ 長岡絢美の新作は「纐纈」(こうけち) インドから中国を経て伝えられたという「纐纈染」(こうけちそめ) 日本には飛鳥奈良時代から行われた布を糸でくくって浸染をする文様染めとして最古のもの。 白く染め残す所を糸で縛り、染料に浸け染め上げる「絞染」(しぼりぞめ)の1種だという。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/08/31 16:30
つれづれに26 ‥‥ 各務周海先生の黄瀬戸
つれづれに26 ‥‥ 各務周海先生の黄瀬戸 大震災のあった年のお盆   人の命の貴さを知り いつになく感慨深い‥‥ 思いもよらぬ大震災に遭われ 貴い命をおとされた東北の方々の無念さに心が痛みます   わたしは 親しくさせていただきながら今年、天寿を全うされた陶芸家との思い出、 そして二年前の春に不慮の事故で亡くなられた各務周海先生のことが思い出されました ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/08/22 09:24
つれづれに25 ‥‥ 「おいしいうつわ」に盛付
つれづれに25 ‥‥ 「おいしいうつわ」に盛付 「食器は料理の着物である」 とは北大路魯山人の言葉です。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 23 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/07/27 19:01
つれづれに 24  おりべ佐藤和次先生のこと
つれづれに 24   おりべ佐藤和次先生のこと 自然を愛する魯山人を尊敬する佐藤和次先生とは、かれこれ40年近くのお付き合いである。 北大路魯山人の創りあげたタタラによる器は一世を風靡しその後の陶芸家に大きな影響を与えた。 佐藤和次先生もその一人だが、その機能性のよさを心底知る器作りの名人だ。 その器は用の美に徹し、使いやすく丈夫なので家庭用や料理屋に勧めるが、大好評だ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/07/21 13:30
金重素山‥‥陶芸家の逸話E 「茶陶と緋襷名人」
金重素山‥‥陶芸家の逸話E 「茶陶と緋襷名人」 父・金重楳陽が亡くなられた時、陶陽が20歳。素山は7歳であった。 13歳上の兄・陶陽は、兄であると同時に、父親のような役目を果たした。 それから11年ほど経った素山18歳の頃の昭和2年 陶陽の下手間として、この道に入った。 楳陽直伝の何ごとも体験で覚えさせる主義で陶陽も特別な指導をせず窯入れ、窯焚きなどを素山に体験させ、 全て素山に任せられるというところまで、兄・陶陽によって教えられたのだ。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 23 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/06/30 23:34
備前焼の魅力F‥‥『緋襷の誕生』 偶然から作為へ
備前焼の魅力F‥‥『緋襷の誕生』 偶然から作為へ ねっとりとした素地の白地に目の醒めるような緋襷‥‥  その鮮やかな緋色が縦横に走る。 まさに緋襷の理想がここにある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 23 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/06/29 19:30
つれづれに 23‥‥丸田宗彦作品に料理
つれづれに 23‥‥丸田宗彦作品に料理 能登から福井に産する“くちこ”を愛した魯山人  お酒に適する美味いものの第一品だという   「一筋舌の上に乗せ、無上の味覚に陶酔し、顔面筋肉は、心の愉悦を表現してやや弛暖する。 そのころ、燗酒ひと口、ぐっと飲み干す。味覚、味覚‥‥、その快味は真に言うべからざるものがものがある。 その酒杯が古染ネジなどであり、このわたの容器が朝鮮斑唐津などの珍器であったとしたら、 まったくもってたまらない。人生の楽事また多なる哉だ。」 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/13 17:37
陶のもたらす美 K‥‥陶心:その心
陶のもたらす美 K‥‥陶心:その心 大変 ご無沙汰いたしました 大きな災害にあい、益子や笠間の登窯などの多くは崩れてしまいました     一昨年、朝日旅行の陶芸紀行引率で、旧浜田邸に伺い  浜田晋作先生にご説明いただいた浜田庄司館では  陳列していた浜田庄司先生の大作が、ことごとく棚から落ち割れてしまったといいます   浜田窯の登窯 浜田晋作先生 2009年3月写 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/06 18:14
唐津考J ‥‥ 「田中佐次郎」万象森羅の火煙・炎煬
唐津考J ‥‥ 「田中佐次郎」万象森羅の火煙・炎煬 若き頃より古陶磁に親しんだ田中佐次郎先生が 縄文、弥生式土器の研究に没頭したのは昭和40年(1965)からだ。 その後、唐津古窯址を発掘調査されるようになり、 昭和46年、海抜700mの山深い杉と松の原野・山瀬に分け入り、一枚の小皿を拾いあげた。  幻の古陶といわれる山瀬の斑絵唐津であった。 「手袋で泥を拭い、息を吹き掛けもう一度ぬぐった。 小皿の中に陶工のロクロをまわす後ろ姿が浮かび上がり、体がズーンとてして言葉が出ず、 その場にしゃがみ込んでしまった。そして、その日が分水嶺... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/01/25 22:46
陶芸家の逸話D「志野編」‥‥荒川豊藏・加藤唐九郎・北大路魯山人そして鈴木藏
陶芸家の逸話D「志野編」‥‥荒川豊藏・加藤唐九郎・北大路魯山人そして鈴木藏 きめ細かな、しっとりとした百草土(もぐさつち)で作られた無理のない優雅なゆがみ。 やわらかみの富んだ白い長石釉。人為のおよばない口縁の火色。 美濃の山懐にみえる風物をリズミカルな筆捌で描く鉄絵。 日本で生れた志野は最も日本人の情感があふれている焼物である。 それは初雪の新鮮さ、また冬の名残を春風に温くむ残雪にたとえられてきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 18 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/01/14 16:34
つれづれに 22‥‥年越しの御膳蕎麦
つれづれに 22‥‥年越しの御膳蕎麦 新年、明けましておめでとうございます 皆様おそろいで、明るい春をお迎えになられたこととお喜び申しあげます ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 41 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/01/02 14:36
唐津考I‥‥「なごみ」 2011年 1月号 唐津特集 
唐津考I‥‥「なごみ」 2011年 1月号 唐津特集  淡交社 「なごみ」 2011年1月号 特集 自由なるやきもの 古唐津の地をたずねゆく ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 24 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/12/14 22:44

続きを見る

トップへ

月別リンク

黒田草臣 四方山話/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]