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黒田草臣の BLOG 

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ブログ紹介
‥‥昔の作家は道を楽しんだ。たとえば焼物の作家は本当に焼物が好きだったということだ。だから、好きな焼物のために苦しみも楽しんだ。好きな道のためなら、乞食、ものもらいまでしても道を枉げ(まげ)ない、‥‥と北大路魯山人はいう。

 「名品」といわれる芸術品には高い品格が要求される。
とくに陶芸は炎を潜り抜けたものだから、作り手である陶芸家は名利にとらわれず、豊かな心で楽しんで創ってもらいたい。
 その作品から作者の高い品格、そして一目でわかる感性豊かな作者の個性が読み取れて、素直に私たちを感動に誘ってくれるからだ。

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タイトル 日 時
小山冨士夫‥‥離れ技の「種子島焼」誕生秘話
小山冨士夫‥‥離れ技の「種子島焼」誕生秘話 少しでも古陶磁や陶芸に関心を持つ人なら小山冨士夫の名を知らぬ人はいないだろう。 東洋陶磁学会委員長、日本工芸会理事長、日本陶磁協会常任理事などの役職のほか、出光美術館をはじめ、本間美術館、佐野美術館の理事。そして五島美術館、松永記念館、根津美術館、畠山記念館の顧問や評議員をつとめながら、世界を駆け巡り、多くの古窯址を発掘調査され、陶磁器学者の権威といわれた。 古陶磁学者の第一人者だが、日本陶芸界の発展にも尽くした。 「私はどんな人でもその人の良いところしか見ないことにしている」と気さくで誰... ...続きを見る

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2016/09/01 21:26
周茂叔『愛蓮図手付鉢』‥‥魯山人旧藏
周茂叔『愛蓮図手付鉢』‥‥魯山人旧藏 鎌倉山崎にあった『慶雲閣』‥‥ 神奈川県文化財となっていた建物で、東南の前庭には魯山人自慢の蓮池があった。 この蓮池、初秋まで色とりどりの花を咲かせていた。 夕方になると蓮池を住処にする牛蛙がいっせいに鳴きだす。 魯山人好物の一つである餡かけムニエルの素材にするのはこの食用蛙であった。 ...続きを見る

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2016/08/15 18:38
星岡窯(ほしがおかがま)
星岡窯(ほしがおかがま) 北大路魯山人が古美術品を扱う『大雅堂』と『美食倶楽部』が大正時代にあったところが、現在、京橋にある「魯卿あん」です。 魯山人が立ち上げた『美食倶楽部』の会員が増え、料理を盛る器が足りなくなったことで、食器の制作のため、山代温泉にある須田菁華(初代)で食器を主に制作し、数窯焼いてもらいました。 ところが関東大震災ののち、芝公園で『花の茶屋』そして、山王台の『星岡茶寮』で使うことになり、その器の種類を増やすため、京都の伏見などで制作することになります。 幸田露伴が命名した「東山窯(とうざんかま... ...続きを見る

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2016/07/18 16:05
備前焼の魅力探求
備前焼の魅力探求 「土と焔の芸術」といわれる備前焼…… 備前焼をはじめ、上釉を用いない焼締陶は茶褐色になりやすい。 その多くは鉄分などを含む腐植質の粘っこい土が堆積したからだろう。 丹波や越前、そして全国の焼締陶のほとんどが茶褐色をしている。ところが、同じ茶褐色の焼締陶のなかで備前の陶芸界だけはすでに四人の人間国宝を生んだ。六古窯をはじめとする他の焼締陶の産地より、備前の陶芸家の数は断然多い。なぜ、それほどまでに備前の焼物は人々を引き付けてやまない魅力があるのだろう。 古備前 甕の陶片 備前焼は古墳時代... ...続きを見る

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2016/05/17 12:08
ヨモギ蕎麦
ヨモギ蕎麦 春のかわり蕎麦といえば、ヨモギ蕎麦‥‥   何も加えずに蕎麦粉だけが好きだが   ヨモギの香りが好きなので毎年、打とうとしている  連休の最終日、漸く、食することができた   岡本のヨモギ 蓬を練り込んだ ...続きを見る

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2016/05/05 21:30
唐津 田中佐次郎作陶展 ‥‥ 日本橋三越本店
唐津 田中佐次郎作陶展 ‥‥ 日本橋三越本店   田中佐次郎展日本橋三越本店美術特選画廊        焱と闘う 田中佐次郎  新たな美への創生 ‥‥ 黒田草臣 「思想がやきものをつくる」といわれる田中佐次郎先生は、 茶禅一味のなかでつねに漢詩や書を親しみ、玄奥な陶の道への糧としている。 木々深く清麗なる水が湧く絶好の地の利を得て『山瀬』に登窯を築窯して以来、民家もない山深みの地‥‥。その清浄なる気に包まれながら新しい高みを求めて陶三昧の日々を送り、自らの芸術はどうあるべきかを問うてきた。 ... ...続きを見る

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2016/04/22 16:01
丸田宗彦‥‥大胆にして繊細な唐津
丸田宗彦‥‥大胆にして繊細な唐津 桃山時代もおわりの頃のこと‥‥ 「お茶碗戦争」ともいわれる文禄慶長の役で、 加藤清正とともに戦った鍋島藩の家老・後藤家信が慶尚南道金海の深海宗伝・百婆仙を中心とした千人近い朝鮮陶工集団を連れ帰ったといわれ、その証拠に武雄地区での古窯跡は約90ヵ所確認されている。  彼ら朝鮮陶工が良土を見つけ出した竹古場山の麓にある黒牟田では絵唐津、刷毛目、黒釉などの生活用品が焼かれ、江戸時代その伝統を綿々と守ってきた。 ところが明治時代には60軒ほどあった窯元が、時代とともに変容の渦に撒き込まれ、昭和3... ...続きを見る

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2016/04/14 22:06
魯山人展  魯卿あん
魯山人展  魯卿あん 北大路魯山人先生が「魯卿」(ろけい)と名乗り始めたのは大正5年(1916)の33歳になった時です。 岡本可亭の書生となって時以来、唐代の「顔真卿」(顔魯公)に傾倒しておりました。 魯とは愚か、大ざっぱで間が抜けていること。その「魯の字が好きだよ」と、『魯卿』と名乗っています。 『魯卿あん』 床 ...続きを見る

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2016/04/12 13:40
小さな蕾 「骨董屋さんに行こう」
小さな蕾 「骨董屋さんに行こう」 「小さな蕾」(創樹美術出版)という骨董雑誌の五月号  ‥‥骨董屋さんに行こう‥‥の取材を受けました  聞き書きということで、魯卿あんで取材していただきました 「小さな蕾」 574 ...続きを見る

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2016/04/04 17:57
床「春来草自生」 花入「備前手桶」‥‥どちらも北大路魯山人
床「春来草自生」 花入「備前手桶」‥‥どちらも北大路魯山人 春、魯山人邸に向かうと、一面を黄金色に染める菜の花と春風に揺れるタンポポが迎えてくれる   その のどかな山崎の里へ   魯山人邸の山門までは雪柳が、可愛い雪白の小さな花をつけた枝を伸ばしている 「自然美礼賛」を謳う魯山人らしい路地だ ...続きを見る

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2016/03/05 15:27
北大路魯山人「良寛詩」‥‥赤呉須の筆筒に力強く銀泥が躍っている
北大路魯山人「良寛詩」‥‥赤呉須の筆筒に力強く銀泥が躍っている 北大路魯山人も良寛さまが大好き、一字一句もゆるがせにせずに揮毫した筆筒 美しく気高い内容、デリケートな線、その時々で自分の心にあった素直な良寛の芸術性‥‥ 魯山人これに倣い渋めの赤呉須の地に銀泥で一字一字気合いを入れて書いている 文字の厚みが魯山人作品の特徴で、光の具合で見え方がまるで違う これを狙っていたのだろうか 筆墨硯紙という文房四宝を大切にした魯山人 当然、筆筒にも目を配っていた 良寛の揮毫に倣った魯山人の筆筒を数点取り上げてみたい ...続きを見る

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2016/02/26 16:59
加藤唐九郎 『才気煥発』 ‥‥ 魯卿あん
加藤唐九郎 『才気煥発』 ‥‥ 魯卿あん 常人の枠を超えて波乱万丈の陶芸人生を送った加藤唐九郎‥‥ ...続きを見る

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2016/01/22 22:59
魯山人作 「信楽すすき詩文壺」‥‥ 魯卿あん便り  自然美一辺倒
魯山人作 「信楽すすき詩文壺」‥‥ 魯卿あん便り  自然美一辺倒 魯山人の住まいは慶雲閣と、名づけられ…神奈川県の重要文化財に指定されている建物だった。 庭には睡蓮が群がって咲く池があり、そこに番いのアヒルが泳いでいた。 魯山人亡き後の慶雲閣(撮影:高木義明氏) ...続きを見る

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2015/11/20 17:47
北大路魯山人作 「三彩汁次」‥‥魯卿あん便り
北大路魯山人作 「三彩汁次」‥‥魯卿あん便り なんと、可愛らしい汁次でしょうか。 魯山人の優しさが、形状にも、色絵の水玉模様を置く筆遣いにもあらわれています。 ...続きを見る

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2015/11/09 15:25
「木の葉天目」再現、そして越前の地に‥‥木村盛和先生を忍んでA
「木の葉天目」再現、そして越前の地に‥‥木村盛和先生を忍んでA 京焼の源流といわれる「音羽焼」が、この地にあったことから京焼のメッカとなった五条坂‥‥。 奥田頴川、仁阿弥道八など活躍で江戸時代後期には粟田口を凌いで  急速に発展して「清水焼」を確立させた場所でもある。 ...続きを見る

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2015/11/01 22:37
嗚呼‥‥木村盛和先生@
嗚呼‥‥木村盛和先生@ 私の尊敬する陶芸家が、また一人亡くなってしまった。 鉄釉(天目釉)一筋、80年近くも追求されてきた木村盛和先生である。今年の8月12日に肺炎で亡くなれていたのだが、奥様の昌子様も病床におられることもあり、公表は控えられていた。 福井新聞に「木村盛和氏をしのぶ」という記事が載ったと、福井在住の友人からそのコピーを送っていただいた。 福井新聞9月30日付 ...続きを見る

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2015/10/17 23:53
銀彩蟹平鉢 ‥‥ 魯卿あん便り
銀彩蟹平鉢 ‥‥ 魯卿あん便り 銀彩という水面を通して、蟹が浮かび上がってくるようです。  北大路魯山人の最晩年の念作です。 ...続きを見る

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2015/10/16 16:58
北大路魯山人 於里辺ツツ花入 ‥‥ 魯卿あん便り 【4】
北大路魯山人 於里辺ツツ花入 ‥‥ 魯卿あん便り 【4】 ペルシャや安南がルーツとされる緑釉の「織部」‥‥ 最も日本人の精神の高揚した桃山時代の美濃地方に、はじめて登窯がもたらされた元屋敷窯から、一躍脚光を浴びる。 信長・秀吉・家康の三代にわたって仕えた武将である古田織部が大流行させたやきもの”。 江戸・明治・大正の世を過ぎ、いつしか織部が瀬戸で焼かれていたと思われていた。 ようやく、 昭和五年に美濃山中で志野などともに焼かれていたことが証明された。 ...続きを見る

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2015/10/01 15:22
イサム・ノグチの陶芸「魯山人との邂逅」‥‥花美術館
イサム・ノグチの陶芸「魯山人との邂逅」‥‥花美術館 「修正の出来ない彫刻だ」と、その男 イサム・ノグチが叫んだ陶芸‥‥ ...続きを見る

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2015/09/17 11:24
秋を謳い上げる魯山人
秋を謳い上げる魯山人 鎌倉山崎の切通『臥龍峡』を抜けると山間に分厚い茅葺屋根の魯山人邸が姿を現します 朝晩、涼しくなる今ごろに伺うと、草むらでは虫達の合唱が始まっています ...続きを見る

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2015/09/12 17:39

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