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zoom RSS 藤原雄と蓮・細野燕臺と黒牡丹‥‥花を愛でる魯山人 B

<<   作成日時 : 2014/06/14 22:51   >>

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荒川豊藏や川喜田半泥子など多くの芸術家と交流のあった大森誠は、岡山屈指の文化人で、のちに岡山結核病院の院長になった人である。とくに北大路魯山人芸術を理解し、互いに兄弟のようにしていた。大森は岡山県の衛生部長をしていた昭和27年、魯山人揮毫の六曲一双 「いろは」金屏風を岡山後楽園に紹介した。

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「いろは」の金屏風(167.7×373.0 岡山後楽園蔵)


地元の備前焼にも造詣が深く、藤原啓とその長男・藤原雄とも親しくされていた。
藤原啓と雄は、親子ではじめて人間国宝になった陶芸家である。
昭和二十六年三月、和気閑谷高校を卒業した藤原雄が東京の明治大学文学部日本文学科へ通うようになり、
大森は知識人としての素質を植えつけようと鎌倉山崎の魯山人を訪ねるように促した。
横須賀線に乗り、はじめて会いに行った日に、魯山人から、
「また一人で飯でも食べに来いよ」と言われたので、
藤原雄は毎週のように北鎌倉から歩いて山崎の魯山人邸へ訪ねるようになった。
魯山人も何度か雄の下宿先の荻窪まで行き、
紀尾井町の料亭・福田家や銀座の鮨屋・久兵衛に連れていくほど雄を可愛がっていた。
「魯山人先生には日本的感性とか、美意識とか、風情、人生を粋に生きることとか、モノを上手に活かしていくことなど、陶芸の哲学を学んだ。なにしろ魯山人先生の影響を受けたものだから知らず知らず食いしん坊になった」と生前、話してくれた。
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慶雲閣蓮池の前で。奥の田舎屋はイサム・ノグチ邸


ある日、山崎の慶雲閣前にある池に睡蓮が美しく咲いていた。
「先生、素晴しいですね。蓮の花が開く音は、『パン!』とか『ポン』と音をたてるそうですね」
と雄は何気なく魯山人に聞いた。その途端…、
「馬鹿者! どんな音がしても花の美しさには関係ない。お前みたいに風情のわからない奴は今すぐ帰れ!」
と怒鳴られた。
「先生にとって蓮の花がどれだけ美しいかが問題だったんですね。その日はとうとう一日中、私の顔を見てはくれなかった」という。
ほとんどの来訪者が、美しい蓮をみて、
「蓮の花は咲く時にどんな音がするんですか?」と魯山人にご機嫌を伺う。
毎年、繰り返されるこの問に、
「そんな愚問を聞くと、その日は一日中、不愉快な日となってしまう。馬鹿もほどほどにしてもらいたい」と魯山人は大臣でも大社長でも「馬鹿者」扱いし、
「日本は限りなく心細いものだな」と天を仰いだ。

藤原 啓 備前窯変花入  拙著「とことん備前」より  藤原 雄 備前耳付水指


「料理がボディ(体)で食器は衣装。良い女性には良い着物を着せねば…という考えで、その器が必ずしも美しく、器用なものでなくても、味があり、何かしら心が休まる、粋を感ずる、あるいは日本人の美意識である・めでる・とか・たわわ・といったものを器の中に初めて表現したのは魯山人先生だった」ことを勉強のために魯山人邸通いした雄は悟った。
器の中に間とか遊びを持ち込んで料理も器も活かし、モノを上手に活かしていく力を持った陶芸家を認識した藤原雄は、世界に通じる備前焼を目指した。
父・啓と親子で人間国宝に認定されたはじめてのケースとなり、作陶四十五年を迎えた平成十年には紫綬褒章を受賞したが、平成十四年、若くして帰らぬ人となった。

昭和十年、魯山人のために誠心誠意尽くしていた細野燕臺の次女玉映と魯山人の長男櫻一の縁談話が起こった。
本来なれば非常に目出度いことだが、、櫻一が結婚に躊躇したことや燕臺の反対で破談になっていた。
燕臺は山崎の無境庵で開かれた茶会に招かれた。
茶室「無境庵」に入ると、いつものように燕臺は床の間に目をやった。
牛の水墨画が軸装されて掛けられていた。
魯山人は燕臺をみて、
「燕臺さん、この牛の絵には黒牡丹と題が付いているが、どうしてでしょうね」
魯山人は何でも良く知っている燕臺にいつものように聞いた。
「支那の故事にあるのだが、牛を放牧している村に牡丹が咲いた。支那では牡丹は花の王と言われ、牧草地に咲いた牡丹の見事さに村人はこぞって皆で牡丹を栽培した。これが村の名物となり、村人は牛を飼うのをやめて村を牡丹の観光地した。沢山の人々が牡丹を見にやって来る。ところが、天地異変が起こり、牡丹が皆、枯れてしもうた。村人は困り果て、自分達が目先の奇麗さに心を惑わされたことを深く反省したという話しから牛のことを黒牡丹と言うたがや」
さすが、漢学者の燕臺さんである。

赤呉須牡丹鉢画像画像魯山人作
「牡丹一日紅 満城公子酔」

白磁の鉢をキャンバスに見立て、正面に天地一杯に牡丹を大胆に描いている。
乾山や頴川、そして明末の古染や呉須赤絵など先人の残してくれた貴重な遺作を魯山人は一旦、吸収して“魯山人流”に消化した作品。
中国では花王といわれる赤花の牡丹と緑の葉との妙が力強く絶妙。しっかりと厚手に作られた器形と調和させ、魯山人の優れた芸術性を示している。
裏に白磁の余白を多くとり、「牡丹一日紅 満城公子酔」の画賛を赤絵具で揮毫している。
若い頃から書にも才能を発揮した魯山人のスピード感溢れる運筆は鋭く強い。
出典は南宋末の石田法薫の詩。起章句は、「松柏千年の青 時の人の意(こころ)に入らず」である。
転結句の「牡丹一日紅‥‥」は同じ姿をとどめず、たえず移り変わることと、
松柏の青は変わらぬことに対比させているのだろう。

金彩絵変平向付画像魯山人作

写しを見ない晩年期に、魯山人は自らの美意識、食意識のもとに自在に土を操ることのできるタタラで制作した。乾山に敬意をあらわしながらも「乾山は肝心の土の仕事ができていない」といい、鞍馬石の凹凸を利用して木製の叩き板で土を叩きながら型をなだらかな曲線で整えた。
田園、山桜、桔梗、菊、八重葎(やえむぐら)、笹、オモダカなど窯場近くで見たことのある風物だけを描いて草の線一本でも自然の香りを生かすために魯山人独自のきめ細かな配慮がなされている。大皿など大画面の絵ではなく自然のもの一部を冷静に見る、写実の精神が表れている。
食器としての機能を優先したにもかかわらず、静かに見つめ続けた自然と芸術の共有による魯山人の独創性が発揮され、詩情溢れる心の表現が器にやさしく温かい命を与えた。

盆中藤の図画像魯山人画賛



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